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「くやしかったら読んでみな」ってか

【第三話】

 

3本目のメルマガを創刊

思わぬことから、また1本メールマガジンを創刊することになった。「名古屋なんでか情報」(毎月1・15日刊)「今月の入荷情報」(毎月末刊)に続いてこれが3本目。メルマガは印刷代が不要なので、自称“鉛筆小僧”には絶好の媒体である。 

創刊のきっかけとなったのは名古屋タイムズでの連載だった。同紙では竹山洋氏の「火神」が掲載されてきたが、「近く終わりそうだから地元ネタで何かやりたい」とのことだった。週5回(月曜から金曜)にはちょっとおじけづいたものの、書いてみたいと思っている絶好のネタがあった。

以前、古文書の勉強会で読んだ『名古屋元結』というのがそれだ。「元結」はマゲを結うための細いひもで、江戸時代にはこれが名古屋名産の一つだった。明治に入ってからは不要になり、いまこれを使っているのは役者くらいか。

この「元結」の「結」には由井正雪の「由井」が掛けられている。尾張版の知られざる由井正雪事件というわけだ。

「わゃー、えりゃーこっちゃ。合戦が始まってまったがや」

「わやだがや。ちゃっと逃げなかん」

安永6年(1777)10月、名古屋は江戸北町奉行の曲渕甲斐守一行に急襲された。その数、約100人。手に手に十手や突棒、刺股、捕縄などを持ち、中には弓矢や鉄砲を手にした者もいる。開府以来初めての大混乱だ。

これには尾張藩も手を出せない。彼らは城下に住む河村秀根や町医者ら4人を捕まえると、軍鶏籠(とうまるかご)に入れて江戸へ引き揚げた。その容疑は十代将軍家治を毒殺、尾張から将軍を出そうとするものだった。

事件が発覚したのは家治の毒味役が一口か二口食べたところ、血を吐いて苦しみ出したことからだ。残されていた料理を犬に与えると、同じように狂い死にしてしまった。料理方になりすましていた飯沼貞助という男が拷問に堪えかねてついに白状、いもづる式に今回の逮捕劇となったのだった。

考えてみると「名古屋元結」とはいいタイトルを付けたものだ。タイトルをどうするかで悩んだが、結局、編集担当者に「将軍毒殺 実録・名古屋騒動」と決めてもらった。そのものズバリでインパクトもあり、「名古屋元結」に優るとも劣らぬと気に入っている。「第一部・宗春無残」「第二部・名古屋元結」「第三部・宗春の逆襲」の三部構成でやってゆくつもりだ。

最初のころは資料集めでアタフタしたが、40回ほど書いてきてどうにか落ち着き出した。とはいえ、ドキュメンタータッチで構成しているので、資料探しなどではそれなりに苦労している。いま、蟄居を命じられた七代藩主の宗春が江戸から名古屋へ送られてきたあたりだ。

せっかく取ったスペースだから、当分“占拠”するつもりでいる。人気がないと「第二部」で打ち切りという事態もないではない。しかし、毎回、文章に添えるのは挿絵ではなく市内を中心とした写真であり、時には記事に関連した人物に登場してもらうことも考えている。

過去から現代を眺めてみようとするのもその一つ。宗春の蟄居させられた場所はいまのどこに当たっているか、旧町名「お姫様屋敷」の「お姫様」とはだれのことか。歴史を掘り起こす作業を通して、地元紙にふさわしい町ネタも提供していけたらと思っている。

 

メルマガ地獄を楽しむ

連載を引き受けてからと言うもの、しわ寄せを食ったのが「名古屋なんでか情報」だ。月2回、毎号2万字近い文字量で発行してきたが、1万字前後に減らさざるを得なくなってしまった。以前のようにじっくり書いている余裕がなくなった。

連載をやり出して、1週間の経つのが速いこと、速いこと。時計の針を止めてしまいたいと思うようなときもあるほどだ。

連載はメルマガで「実録・名古屋騒動」と題して発行している。1回分が1000字ちょっと、月から金で新聞と同じ。これで新聞のエリア外の人にも読んでもらえる道筋だけはできた。

こちらは前者と違って短い。短ければ読んでもらえるというほど甘いものでないことは分かっている。エロなしの有料メルマガで成功しているのは果たして千に三つもあるだろうか。

購読料は前者が月315円、後者が525円(税込み)。インターネットはタダの世界で、読者が付かないのは「名古屋なんでか情報」で実証済みだ。それでも有料にこだわるのはライターとしての意地である。

路上で上手に歌っている人があれば小銭くらいは出して励ましてあげたい。大道芸をする人などはその道のプロフェショナルと言える。それらと同じようにどれだけ投げ銭をいただけるかが腕のみせどころでもある。

これまで何度もミニコミやら雑誌を創刊してきた。そのいずれにも共通していたのは広告で稼ごうなどとは思ったこともなく(そんな営業力、あれせんでかんわ)、なんとかして有料で成り立たたないかということだった。これは思っているほど簡単ではなく、結局、廃刊と創刊を繰り返すはめになってしまった。

印刷媒体は印刷代がばかにならないが、メルマガはタダで簡単に発行できてしまう。お世話になっている「まぐまぐ」さんをいつも神様のように思っている。まったくいい時代になったものである。

そう言えば近ごろ、ブログというものがはやっているらしい。これも気になる存在だ。やってみたいと思うのだが、反面、さらに忙しくなるかとの思いもある。

自分一人で書くには荷が重すぎる。かといって、だれにでも書き込めるように開放してしまうと、今度は悪用される恐れも出てくる。その中間をとってメルマガの読者に限定した形で開設しようかとも考えたりしているのだが……。

「おい、新聞の連載をやると、家が一軒建つそうだげな、なあ」

昨日、遊びに来た友人がこんなことを言い出した。なにがなにが、それは大新聞のことで、連載が単行本化され、ベストセラーになってからのことだわ。新聞での連載を初めてやってみて、家が建つどころか身がつぶれるような思いだ。

が、いまはこのクソ忙しさを楽しむことにしている。執筆の合間をぬって店番はしなかん、仕入れに走らなかん、印刷の仕事もたってまっとる。ほんとに、わやだがや。

 

 

【第三話】「くやしかったら読んでみな」ってか
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