町を見下ろす弘法大師 いきなり“大物”に出会う
「やっぱり竹薮が多いなあ。家康が植えさせたと言うでねえ」
道路脇の竹薮を見ながら、同行の相棒がつぶやいた。いざという時に備え、竹槍などにしようとしたとか。こちらは気にもとめていなかったが、なるほど、そんなエピソードもあったのか。
国道301号で村に入った。すぐ手前にあった〃松平氏発祥の地〃豊田市松平町に、いま立ち寄ってきたばかり。この村にも10近い戦国の山城跡があり、そのいくつかは後ほど訪ねることになった。
「何だ、あれは? どうしてあんなところに?」
役場のある方向に左折すると、正面の山腹に巨大な石像が。そこへ通じる竹薮の山道を登ってみることにした。これまた石で造られた大きな七福神が並べられ、その背後の高台には先ほど見た10メートルもあろうかと思われる弘法大師の立像が町を見下ろしていた。
いま来た山道とは反対の、舗装された道を下った。いわれを聞こうと一軒の雑貨屋に入ると、居合わせた近藤薫さんが建立の発願者だった。どうしてまたあんな所に、あんな大きなものを。
「この地区は昔から大師信仰の盛んなところ。弘法様は町内のあちこちに祭られていますよ。前々から何か大きなものを建てたいと思っていたんだが、たまたま岡崎の石屋で童顔の大師様を見つけてぞっこんほれ込んでしもうた」
大師23歳のときのお姿とかで、「立志弘法大師」と名付けられた。側にあった七福神は「冬場、お独りでは寂しかろうと思って」後から加えたとのこと。いやはや、すごい人がいたものである。
山間の地に美味あり 城跡でしのぶ戦国の世
思わぬ“名仏”に驚いていたら、もう一つの“名物”どての仕掛人が息子の孝さんだった。ここへ来るまでの沿道に「名物どて」と書かれた看板をいくつも見かけた。なぜ下山村で「どて」なのか、と首をかしげたものだ。
「この村でもみな特産品を育てようと一生懸命なんです。五平餅もありますが、持って帰れない。私は郷土食として人気のどてに注目して、岡崎八丁みそでぜいたくに仕上げてみたんです」
「どて」は牛などの臓物を赤みそで煮込んだ、この地方ならではの食べ物。観光地やサービスエリアなどにも置いているが、「手前みそながらなかなか好評」とか。村内には豆腐やコンニャクなどを作り続けている人たちもいた。
村の入口に食堂と特産品売り場を兼ねた観光案内所があった。実は、これも近藤さんら10人ほどが出資して、共同で運営している店だとか。元気な村人に会えたのも、弘法大師のお導きのおかげだったか。
すぐ近くの城山には“足助七城”の一つに数えられた大沼城の城跡があった。小牧合戦の後、家康の腹心石川数正は秀吉のもとに走るが、その直前、ここの城主松平近正を誘った。ところが彼はこれに応じず、逆に長男を浜松にいた家康のもとに送り、忠誠を誓ったとか。一段と高い天守台には雑木が生い茂り、二之丸や堀跡などもわずかながらではあったが、この目で確認することができた。
ふもとにあった洞樹院という寺が大沼城主の菩提寺。城は家康の関東移封後、上野三ノ倉に5000石を賜ったため廃城になったとか。この寺の山側にも本四国を模した八十八カ所のミニ霊場が設けられていた。
三河高原で、のーんびり 釣り人にはご機嫌の村
下山村は豊田、岡崎両市に隣接しており、ベットタウン化が進んでいると聞かされていた。が、訪れてみると、静かな山村だった。自然も豊かに息づいており、ゆったりとした時間が流れている。
ここは村の北東部にある三河高原。標高600メートルほどのところになだらかな丘陵が広がっており、愛知高原国定公園のほぼ中央部に位置している。三河湖と並ぶ、下山村の観光スポットだ。
広々とした牧場では牛たちがのんびり草をはんでいる。そんなのどかな光景を眺めながら、森の中へ歩を進めていった。木々の緑が目にまぶしい。ウグイスやホトトギスのさえずりが耳に心地よい。
森の中にできた朝霧池はこの日、鏡のように静かな水面を見せていた。ここはフライフィッシィングのメッカだそうな。訪れたときは平日で人影とて見られなかったが、休日などともなると釣り糸をたれるマニアの姿が見かけられるとか。
そう言えば、釣りファンならこの村が2倍にも3倍にも楽しくなってくるかも。来る途中にあった野原川の観光センターではマス釣りが人気を呼び、折しも観光バスでやってきた一団で大にぎわいだった。また、大桑川の渓谷「羽左ノ窪」付近はアマゴ釣りの好ポイントとなっていたし、三河湖ではフナやコイなどの大物釣りも楽しめるそうだ。
三河高原にはロッジやコテージをはじめ、オートキャンプ場やアーチェリー、テニスコートなどの施設もあった。石仏の点在するやさしさにあふれた遊歩道もある。しばらくあたりをぶらぶら散策してみたが、家族連れなどがのんびり過ごすには手ごろなところと言えようか。
遊びいろいろ、三河湖畔 神様送り出す村人たち
三河湖にやってきた。こちらでは釣りを楽しむ人が何人もいた。巴川の渓谷をせき止めてできた、潅漑用の大きな人造湖である。
北側の湖畔には休憩所や食堂、民宿などが点在し、夏場のシーズンともなるとキャンプ村やバンガロー村もオープンする。湖上ではのんびりボートを楽しんでいる人たちも。こちらの食堂などでは下山名物のシシ鍋をはじめ、マスやワカサギなどの川魚料理、ワラビ、フキなどの山菜料理が食卓をにぎわせてくれるそうだ。
近年、ダムの下手に香りをテーマとした「香恋の里」ができた。若い女性などに人気のハーブを売り物にしたしゃれた施設だ。水車の回る庭園にはさまざまなハーブが植えられ、あたりにさわやかな香りを漂わせていた。
中に入るとハーブティーやケーキなどを中心とした「アロマラウンジ」やオリジナルな香り作りを楽しめる「ポプリハウス」、あるいはそれらの製品を販売するコーナーなどもあった。山里で出会った、なかなか粋な建物。その2階は郷土資料の展示場となっており、下山村の歴史や暮らしなどが紹介されていた。
少し下った熊野社前の小川で面白いものに出会った。橋のたもとにワラで作った素朴な馬と人形が、竹に通して立てかけられている。かなり前に作られたものらしく、いまにも形が崩れそうだ。
「神無月に神様が出雲へ行かれる。みんなで無事に帰ってこられるよう、こうやって送り出すのよ。以前はな、川へ流しておったんだけど」
通りがかりのおばあさんが教えて下さった。村では三河万歳や大沼雅楽、念仏踊りなど、祭りや伝統行事も息づいているという。そんな話に耳を傾けていると、緑にあふれた周りの景色がいよいよ輝いて見えてくるようだった。
[情報]下山村役場
〒444−3241愛知県東加茂郡下山村東大沼字越田和37−1
TEL0564−86−2111
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