マイタウン(MyTown)| 一人出版社&ネット古書店 |
長野県奈川村 |
春は新緑、夏は避暑、秋の紅葉に冬スキー 野麦峠のふもと、奈川村は観光の穴場
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野麦峠に「哀史」をしのぶ
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「信飛国境」の道しるべのある野麦峠 |
この街道は古く平安のころから開かれていたそうだが、何と言っても有名になったのは近代に入ってからの「女工哀史」だ。飛騨地方の少女たちはこの峠を越え、信州の製糸工場へ出稼ぎに出た。厳しい糸ひきの仕事に耐え、やっと故郷で迎えられる正月も、最大の難所である雪の峠を越さなければならなかった。
峠には政井みね兄妹の像と、みねの眠る墓もあった。みねは病に倒れて働けなくなると、工場から一刻も速く早く立ち去るように迫られる。迎えに出た兄は背板に乗せて岡谷から5日がかりでたどり着くが、みねは乗鞍を見て「ああ、飛騨が見える、飛騨が見える」とうれしそうにつぶやいて息を引き取ってしまった。明治42年11月20日のこと。
当時の峠道を少し歩いてみた。車で来るのも大変だったのに、雪道の急坂をよくも背負ってきたものだ。峠一帯にはクマザサが生い茂っていたが、後で見学した資料館で「野麦」とはこのササの実であることを教えられた。
役場近くにある新奈川温泉「リフレ・イン奈川」。村が造った新しい保養施設で、健康温泉館、宴会館、宿泊館から成る。温泉館に500円也を払ってノレンをくぐると、そこには大浴場や薬湯、打たせ湯、サウナ、展望ジャグジー風呂などがあった。
「この村には温泉が三つもあるずら。けど、そのどれもがあんまり知られとらん。村も観光面で力を入れとるけんど、まだまだこれからじゃねっか」
毎日のように来るという地元のおじいさん。「秘湯でいいですよ。あまり人の多いのも考えもの」。話に水を向けてみた。
「隣村の白骨温泉はちょっと有名になりすぎたかもしれん。あんだけ立派になると秘湯という感じはせんし、ものの値段も高なっちまって。そういう意味で言うと、ここが信州の穴場かもしれんよ」
村内に秘湯を売り物にした旅館もあるとか。ここでお世話になるのもよかろうが、今夜はそこで泊まってみることにした。風呂から上がってさっぱりした気分で外に出ると、前の広場ではお年寄りたちによるゲートボール大会が始まっていた。
その奈川温泉は奈川の支流黒川を少しさかのぼったところにあった。ひなびた宿が2軒あるだけの、素朴で静かな出湯の里。そのうちの1軒に入ると、玄関に「日本秘湯を守る会」と書かれた大きな提灯が掲げられていた。
どうやら泊まり客はだれもいないようだ。母と娘の運んでくれる山菜料理もおいしかった。お湯につかってボーッとしいていると、時間が止まってしまったような錯覚に陥ってきた。
昨夜泊まった奈川温泉は上高地乗鞍スーパー林道の入口に当たっていた。とは言っても裏道のようなものだけに、行き交う車はごくたまにしかいない。これではいくら有料でも赤字ではないか……とあらぬことを考えてしまう。
村はずれにある白樺峠。ここから望む乗鞍岳の眺めがまたすばらしい。標高3026メートルの主峰剣ケ峰がそびえるが、それに続く摩利支天、富士見、大黒、大丹生などの山々は連なってなだらかな稜線を描いている。
乗鞍の名は遠くから望むと、馬の鞍のように見えることから名付けられた、とか。こうして眺めているとそれもうなずけるが、以前、岐阜県側から歩いて登ったとき、なだらかという実感はとても感じられなかった。その頂上付近には大雪渓も見える、摩利支天岳山頂にはコロナ観測所も見える。
眼下に広がる山麓は深い緑に覆われていた。ここからなら乗鞍高原が手に取るように見渡せる。正面に見えるのが国民休暇村のある高原の中心部、その右手の方に広がるスロープはスキー場か。
大パノラマを楽しんだ後、足元に目を転じれば、峠の右手に美しい林が。「探勝路」の案内板に誘われて足を踏み入れると、中は見事なシラカバとカラマツの林。吹き抜ける風がほおに心地よくで、ウグイスやカッコウもしきりに鳴いている。
それにしても同じ飛騨山脈の山麓にありながら、上高地や穂高などを抱える安曇村とはえらい違いだ。奈川村にはいっそ秘境のまま生き延びてほしいと思わないでもないが、ここに住む村人たちにとっては、そんな悠長なことは言ってもおれまい。爽やかな林の中を歩いているというのに、なぜか奈川度ダムで見た明暗までが思い浮かび、観光客誘致の難しさが思いやられてきた。
でも、心配することもないか。奈川村にだって高原もあり、温泉も湧いている。いま来た道を引き返し、奈川高原・渋沢温泉へ行ってみることにした。
ここは村が最も開発に力を入れたリゾート地だ。林間にホテルやペンション、別荘などが点在し、一番奥には野麦峠スキー場もあった。夏休み前で訪ねる人とていなかったが、ここならシーズン中でものんびりと過ごせそうだ。
その中核となるのが村の運営する「フォレストフィールド奈川」。広大な敷地内にパターゴルフやマレットゴルフ、マウンテンバイクコースをはじめ、バーベキューハウス、ちびっこ広場、オープン芝広場などの遊び場もいっぱい。入口付近の道路沿いにあったレストラン「そばの里奈川」も、村の運営によるものだそうな。
入ってすぐのところにあった「ウッディもっく」も、一度は泊まってみたいようなログハウス調のホテルだった。その奥にはこれまた立派なログキャビンもあった。ひなびた感じの奈川温泉もよかったが、明るい雰囲気のこちらもなかなか面白そうだ。
「いま村では〃ハートが弾む四つのエリア〃を合言葉に、それぞれ地域の特色を生かした施設づくりに取り組んでいます。ここ一帯がスポーツゾーン、昨日入られたという奈川および新奈川温泉がヘルシーゾーンですね。それにヒストリーゾーンとして野麦峠とその周辺、アウトドアゾーンとして少し下流の高ソメキャンプ場を考えています。また、ぜひこちらにも泊まってみて下さい。星までが歓迎してくれますよ」
居合わせた職員に話し掛けたら、こんな明快な答えが返ってきた。昨夜の宿で食事後、ホタルはいないかと谷川沿いを散歩してみた。ホタルこそ見つけられなかったが、見上げた夜空に無数の星が光っていた。天空に近い奈川村は星までが立派な観光資源だった。
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