マイタウン(MyTown)| 一人出版社&ネット古書店 |
静岡県龍山村 |
天竜川沿いにある“親林”王国 緑のジュータン、山麓に広がる
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千本桜、秋葉ダムの湖畔に
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高台から望んだダム湖 |
「桜は散っちゃったけど、いいとこだら。雨が上がったら自然歩道を歩いてみるのも、なかなか楽しいに。かれんな草花もあるし。秋葉神社の上社との結び付きは向こうより、こっちの方がむしろ強いじゃないかねぇ」
かつて“秋葉街道”と呼ばれていた東海自然歩道がここから秋葉神社のある春野町へと抜けていた。その秋葉山の山頂にあるのが上社で、山麓にある下社と対をなして“火防せの神”として知られている。紅葉の秋にはこのダム湖から上社までを一気に駆け登るマラソン大会も開かれているそうだ。
一夜明ければ、抜けるような青空。「村一番の名勝」とすすめられ、白倉峡へ出かけた。天竜川へ注ぐ支流をさかのぼって行くと、早くも川はゴツゴツとした岩におおわれてくる。
やがて道路左手に「白倉峡入口」と書かれた案内板。茶畑の中にできた遊歩道を下り切ったところで、思わず「おお、おお」「これは、これは」と声にもならぬ声を上げてしまった。そこは「機織り渕」と呼ばれる深淵で、周りの奇岩怪石とあいまって見事な眺めである。
流れ出た水は岩にぶつかり、水しぶきを上げて踊っている。岩でできたいくつもの段差を走り抜け、そのたびにザアザアと音を立て、白く輝きながら流れ落ちてくる。そしてこの深淵にたどり着くが、水はそれまでとはうって変わり、静まり返って青く清らかな姿に変身する。
しかし、これくらいの景色に驚いていてはいけなかった。峡谷に沿って作られた遊歩道をさらに進むと、今度は二段になった「箱渕の滝」に出た。昨日の雨で水量は多く、あたりにごうごうと音を響かせながら落下し、砕け散った水は霧となって降りかかってくる。
次の見ものは何段にも折り重なった急坂を、すべるように落ちてくる「金山の滝」。ここは峡谷に架けられた危なげな、小さな橋の上から見るのが一番の絶景だ。谷底に差し込む木もれ日に、周りの新緑が一層鮮やかであった。
ふうふうあえぎながら、上流の道路に出た。足元はるか下には峡谷がまだまだ続き、見上げる山の中腹には岩がむき出しになった「白崖」の奇観。白倉峡めぐりは大自然の素晴らしさと、それが作り出した造化の妙を存分に楽しませてくれるひとときであった。
白倉峡のある白倉地区はのどかな風景だった。山麓には緑のジュータンを敷いたように茶畑が広がり、高台の民家には何匹ものコイノボリが気持ちよさそうに大空を泳いでいる。道端の家々の石垣には紅や白のシバザクラが競い合うかのようにして咲いていた。
通りかかったおばあさんに「きれいですねえ」と話しかけると、「よかったら、うちの庭の花を見ていきなよ」。案内された庭にはチューリップやパンジー、ラッパスイセンなどがいまを盛りと咲き誇っていた。それにボタンやシャクナゲ、ヤマブキなどの木々もちょうど見ごろだ。
「おじいさんも花が好きでねぇ、庭いじりを楽しみにしてるんだよ。この村の木がホソバシャクナゲで村の花がミヤマツツジ。一年の中でもいまが一番いい季節だに。先だって来た人もこうやってねぇ、縁側に腰を掛けて眺めて行ってくれただよ」
「この村の名物は?」との問いに、その人・青山みつえさんはしばらく考えたすえ、「武家凧(ぶかだこ)があるだに。やっぱりあれかなあ」。凧上げは龍山村の節句に当たる6月15、16の両日、天竜川沿いの瀬尻地区で行なわれているとか。大きなものは畳にして16畳もあるというのだから驚く。
「上げるのがまた難しいだに。平地と違って山の斜面でやるもんで。もちろん、凧は骨をばらして、和紙は折りたたんで持ってかにゃいかんし。その代わり上がったときはすごいで。ぶーんとうなり声を立てて、そうだねぇ、500メートルも上がるじゃないかねぇ」
武家凧は150年も前からあった伝統行事の一つで、村では保存会も結成されているとか。遠州地方は凧上げの盛んな地域だが、山では山なりの楽しみ方があるようだ。遠くで泳ぐコイノボリを眺めながら、しばし青山さんの話に耳を傾けるのであった。
白倉からさらにさかのぼって青少年旅行村へ――。キャンプ場、バンガロー、プール、釣り堀などの施設があり、これからがアウトドアライフを楽しむ人たちでにぎわうとき。ここの特徴は“体験学習”にあるそうで、周辺でとれた植物を使っての草木染めや隣接する羊牧場を生かしての毛刈りや手つむぎ、機織りなども楽しめる。
牧場にはイギリス原産のサフォークという、顔の黒い羊が放牧されていた。旅行村も預かる金指歳さんが「小さなころから生き物を飼うのが好きだった。ここでのいまの暮らしに満足している」と言えば、かたわらで笑いながら「この人は夢のまま成長した人だから」と奥様の睦子さん。牧場経営に旅行村まで加わり、大忙しの毎日らしい。
実は、昨夜泊まったふるさと村も脱サラした松井勝利さんご夫妻により運営されていた。昼食をとった秋葉茶屋の高谷和茂さんにしても、かつてはサラリーマンをしていた経歴がある。村が受け皿となる施設を造り、やる気のある人に運営を委託する――はつらつとした彼らの表情に、この方法は大成功のようだ。
「秋葉茶屋のジンギスカンは私どもの提供している肉です。『世界で一番おいしい』と言われているサウスダウンをかけ合わせたもの。料理にかける高谷さんの情熱は本当にすごいですわ」
そういう金指さんご夫妻のこだわりも相当なものと見た。村の管理だった旅行村を引き受けて以来、利用者は目立って増え、それもリピーターが多いらしい。夢を追い求めてやってきた都会人たちが大地にしっかり根を下ろし、村人たちとともに新しい龍山の顔を作り出そうとしているようだった。
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